Hana Nurse さちこ


心に響くこと、花・ハーブ・どうぶつ好きなナチュラル保健師・Nurseです。自然と楽しく暮らす生活や、ゆるベジライフはいつのまにか20年
に近くになりました。

実際の日々は、優~雅な生活とはちょっとかけ離れていますけれど( ̄∇ ̄;) 暮らしの中での小さくて大きな楽しみとしては、たべること、ゆっくりお茶を飲むこと、アロマ、音楽、眠ること、など・・・

心地いいこととをこよなく愛するマイペース派でもあります。


「いのちに花を咲かせよう」は、のびのびと綴る天衣無縫なブログです。
来てくださってありがとうご

記事一覧(18)

歩み寄りのダイナミクス~しっぽのある仲間たちも幸せに

子どもの頃から動物好きです。それでもいまは、しっぽもふさふさした全身のビロードのような毛並みはないけれど、比較的自由に生きることが選択できる、人間の健康支援をお仕事にしています。わたしは、結構人間もおもしろくてすきなのです。なので、いのちに深く関わる仕事というのは天職と言ってもいいのかもしれません。そうそう、伸び伸びいきいき生きることが出来るよう、いのちに役立ちたい思いは、いのちの形態の垣根を超える、とごく自然体で思うようにいつしかなりました。いのちの幸せに対する感受性には、垣根って難しいのでは?とやや個人的に思っています。さて、2004年頃につくった、いのちの幸せを考える絵本、「しっぽのある・天使が帰る日」のラフな原稿が昨夜、断捨離中にひょっこり姿をみせました。これはぜひ、ちょっぴりあたらしい形にリニューアルしてページにupし、共振する方に見ていただけたらうれしい、いのちの役に立てたらうれしい・・・と思って、第一幕を、さきほどupしています。(第二幕は、近々up予定です)ちいさないのちを守りたい、という思いをしっかりとした形にするのは、相手の状況も理解してみよう、という歩み寄りの気持ちから相互に生まれる、協力体制に他ならない、という視点から、まとめています。動物収容施設に見学に出かけたり、改善提案をしていた頃の体験をもとに文・写真・イラストで構成しています。しっぽがある、ない、に関わらず、いのちの幸せに関心をお持ちの方に、ふとお立ち寄りいただけますと、うれしいです。↓こちらです「しっぽのある・天使が帰る日」

植物のエナジーと未来のヘルスケア

通りかかった小道にある、大きな木の下で立ち止まり、ふと、お日さまが射す上の方を見上げました。「あらまあ、なんとなんと深まりゆく秋色へのグラデーションなのかしら!」とその美しさに感嘆したり、美しすぎて!はあ~っと、しんみり。その大きな木の下で、秋色グラデーションの光線が降り注ぐ中、まるですっぽりと、木や秋色葉っぱに包まれるような気分になって不思議と心鎮まり、疲れが癒された気持ちになりました。芸術はこころを高みへと連れて行ってくれますが、自然のこの芸術は、刻々と変化していって、一時だって、おなじ姿をとどめていないのですから❛生きた躍動感のある芸術❜ といってもいいですね。人間を全体から包括的にとらえてアプローチするホリスティック医療や看護では、生命エネルギーという、わたしたち生命を持った身体を取り巻くエネルギー磁場も、心身にいろんな影響を及ぼす、とされることがあります。植物が、その生命(生体)エネルギーにプラスの影響を与える、という考えに基づいたセラピーでは、イギリス人医師 / エドワード・バッチ博士が生み出した花療法「バッチフラワーレメディ」や、フラワーエッセンスが有名ですね。わたしもかれこれ14年くらい前に、スタートアップの講座に出たり、自分でも、これまでいくつか体験したりして、その繊細ながら、確かにじわじわ伝わるセラピー力を感じたりしていて、今でも必要だ、と自分が求める時に使っています。フラワーエッセンスに限らず、アロマセラピーや、フラワーヒーリングでも、すでにその微細な領域への影響を念頭に置いて、セラピーに関わっている世界的な実践家の方もいらっしゃいます。花やハーブ、植物のもつ固有のエナジーが、わたしたちや、ペットのこころをゆるやかに、ある時は速やかに癒してくれることもある。ということを、この世界の人の、半分、いやいや、20~30パーセントの人々でも関心を持って、ヘルスケアの一つの方法として取り入れる時代が来たら、この世界はその時、どんなやさしい表情をみせるのだろう・・・そんな日を少し遠い未来に待ち望んで、まずは、目の前の小さなことから。その時の私に出来る、小さな当たり前のようなことを、確かに一つ一つ進めていきながら、一先ず、これから数年後に迎える50代まで歩いて行こうと思います。ひとつひとつ、ハートフルで安定感のある出会いがつながっていきます。Mother Earthレターは来月で1歳になります。1つの区切りとして、1歳まではがんばってみようかな。その後のことはそれからまた考えよう、と思う、牡牛座の満月でした。この満月を機にふだんブログの方は、シェイプ・アップのつもりで少しお休みすることにしてみました。そして最近upしていなかったインスタも卒業して、アカウントを閉じた今日です。これまでありがとうございました。ステキな写真を撮られる方、キャプションのメッセージが印象的な方など、いろんな刺激をいただいていました。何ごとも、いま現在の自分にとってこれは必要、と本当に感じるものだけにキュキュキュっ、とシェイプしたい気分なので、それを大切に尊重しています。私の場合、なにか、やっていて楽しいですとか、そのかけた時間に見合う、達成感のようなもの感じるよりも、「そろそろupしなければ」などなど、そちらのほうの思いの方が大きくなるものは、いまのわたしにとって、手放したほうがよいものなのだな、と思っています。

愛犬を見送って

少し前に、17歳の愛犬を見送りました。もっと生きていて欲しい、かわいい毛並みを撫でたい、と思うのは、飼い主なら同じ思いなのでしょうけれど、いのちはフジミではありませんから、どうしても肉体の寿命はありますね。愛犬、と打った文字を見て思いましたが、愛する犬、愛の犬、という言葉、胸があたたかくなります。きっと、愛猫、愛鳥、みんなそうでしょう。さて、愛犬は、信頼している獣医さんのサポートもあって、数日の入院後、家に連れて帰って来ることが出来ました。連れて帰って家で看る強い意志を獣医さんに相談して、「わかりました」と快く話してくださったので、「家に帰るよ」と話しかけると、首も上げて、こちらを見る力もなかったのに、ばさっ、ばさっ、と、と本当に力強くしっぽを振ったのです。最後の2日ほど、愛犬には苦しい最後で、それを見守る側もつらかったですが、精一杯付き添って、見送ることができました。いのちはみんな等しく平等で、産まれるべきときに生まれ、終える時にそのいのちを終えるのだな、と思わずにいられません。生まれる時も、死ぬときも、自分の都合では何ともできずに、これはもう、大きな力に委ねられている。という絶対的な事実。これがいのちが生きている、ということでもありますね。家で最後を迎えたい。そう願う人々が確実に増えてきて、在宅医療や看護も、比較的柔軟に対応できる時代になりました。病院に居れば何かと、安心で、急な変化にもすぐ対応していただける安心感がありますが、それにもまして、やはり家に帰って、親しみのある家で・・・と思うのですね。ペットもまた、同じように感じます。ターミナルを迎えようとするペットが、動物病院のステンレスのケージの中に横たわり、苦しかったり、寂しかったり、不安だったりする姿を想像するのはつらいことです。それでも、連れて帰るのは勇気がいりますから、気兼ねなく往診をしてくださったり、在宅でも可能な痛みや苦しさのコントロールをわたしたち人間の医療のように担う獣医さんが増えていけばいいな、と思います。そして人間のように健康保険証がないので、動物の医療費は、長く続けば続くほど一般的に全額自費だとなかなか厳しいのも実情です。それでも人間も保険証があるといっても、私の場合、いまのところ医療といえば、風邪の重症時など、せいぜい年に1~2回程度の割に、納めている保険料としては結構な額になっている訳ですけれど。人間の場合は、いつかはお互い様のような保険制度なので、これは仕方ないかな。きょうは、花や植物のもつ、深みの部分、癒しのエネルギーのおはなしに触れようと思ったのですが、夜も更けてカレンダーが変わりそうです。どうも長くなりそうですので、続きは次回のレターに持ち越しますね。いのちは、生命は、魂(スピリット)から成り立っている、そしていのちには、生体エネルギーという磁場がある、という考え方は、ホリスティックな医療・看護においては、言わずと知れたおなじみの視点です。ですので、そういったこともあって、花やハーブ、植物のいやしについても、生理的な影響以外にも、もっと深みのある何かがある、と考え、求め、理解するのも、わたしにとっても、おそらく多くのお仲間の方にとっても、いまやごく自然な流れなのです。今日、10/9は天秤座での新月でした。次回は、10/25 牡牛座の満月に更新予定です。*ブログもときどき更新しています*

花は茎の上に咲き、茎は地につながって

借りている住居のエントラスに植えた、イエローエンジェル(マーガレット・コスモス)が満開まんまる黄色い花々で、遠くから見ても、目を楽しませてくれています。大きな木の下のこの小さなスペースに植えたのは、もう8年くらい前かもしれません。ここは、いまでもスギナしか生えないくらいの土なので、おそらく除草剤がまかれていた、と推測しています。そのせいか、ほんとうならば毎年毎年成長もそれなりにするはずなのに、とにかく「育つのが、あまりにもスローすぎる!」と毎年毎年、思っていました。それでも健気ではないですか。厳しいスギナしか生えない不毛の地に、なんとか自分を適合させて、毎年少ないながら花を咲かせてくれるだなんて。この花は、ほぼ一年中というか、極寒の1~2月頃を除いて、ほぼ一年中ちらちらと黄色い花をつけてくれています。それが今、あの極暑を通り抜け、満開な黄色を彩っている訳です。ところで今年の2月頃、強烈な寒波が来ました。いつもは冬を乗り切るイエローエンジェルも、あらまあ・・・「大丈夫かね」と近寄ってみると、霜が降りて、凍みてしまったのか、葉もすべてしんなりして、もう一見、「か、か、枯れてしまった!もうだめかも~」ずうっと毎年成長過程というか、時々の具合を見てきたので、なんとなく思い入れがあったんですね。それはもう、しいんと胸の中心がなるくらい、しんみりとガッカリしたのですよ。それでも、緑の葉っぱ、一枚、二枚、と春先につけてくれて、息をゆっくり吹き返してくれました。この猛烈な夏は、「あ、そうだ!」と思って、近くに生えているスギナを刈ってマルチング(土を覆って水分の蒸発を防いだり、やがてはスギナ土に返って栄養になります)してあげました。そうして、いま、この秋。これまでの姿を大きく刷新したお見事さです。今日、何気に気になって茎をしっかり見たら、しっかり太く、木質化していました。ちらほら貧弱にしか花も葉もつけないコだなあ、とずっと思っていたのに、実は、いつの間にかしっかりと、こうして、どっしりと太い、既に緑の茎という状態をはるかに超えて、細い木の姿と化していた訳です。知らなかった姿。これまで花やつぼみのボリューム感をずっとみていたから。土とつながる、茎という存在をまじまじ見たことはなかった、という事実。ほお。ナルほど。生きる教訓にも当てはまるので、ホオ、ホオ、ホオ~・・・🐱なわたしです。イエローエンジェルは、かわいい苗から、8年以上かかって、ようやく「なかなか見事」な、花としての見ごたえを感じさせてくれました。「この花は、半年でこんなに大きくなった」「あの花は、次の年にはこんなにいっぱい咲いて、3倍になった」基本、育て方をしっかり、そして目をかけていれば、花や植物って、そういうものだと思っていたので、スローすぎる、不毛な地での貧弱な生育状況に、いぶかしく、もどかしく思ったこともあったのですね。上のほうの、見目華やかな花の部分だけでは決して分からないこと。この太い茎の、2年や3年では ❛決してこうはならないであろう❜ 貫禄。

あらゆる人々が子ども達、そしてあらゆる生命を育む

自然なお産に、まさにいのちをかけて取り組まれてきた、産科医の吉村 正先生が昨年秋に天に帰られていたことを、遅ればせながら今日知りました。「いのちのために、いのちをかけよ」吉村正著 2010/地湧社 紹介のページです→★★(目次をみるだけでも吉村先生を物語っているようです≧▽≦)さてわたしは、ナースのスタートが産婦人科できったくらいで、かねてから長らく、助産師か産科医になって、いのちの尊さ、神秘的なこと・・・それをこどもたちに、そしてたくさんの人達と共有したい、という夢を持っていました。そういうわたしですので、吉村先生の率直すぎる(´艸`*)いのち感があふれ出ている、著書や講演にはどれほどの影響を受けたことか計り知れません。そのあまりにも単刀直入でしかもユーモラスな語り口に、多くの人はこれまでにない刺激を受けて・・・ある人、は本来の生きる野生の力にスイッチが入ったり、そして言葉だけをそのまま文字通り受け取ってしまえば、トンデモナイ~の反応もあったりと、いろいろでしたね。自然なお産をいのちをかけて細やかに実践し、伝えた吉村先生。そして、吉村先生のいのち感に、強く刺激を受けて生きているわたし。子どもを出産した、という経験はありません。わたしという人は、人やどうぶつの垣根なく、ちいさくて、かわいいらしい命が大好きなのですが(´艸`*)なぜかわたしは、自分が結婚していた時代、「子どもはあまり好きではないから、子どもはあまり欲しくない」と本当に思っていたんです。それが、法的に離婚した途端といってもいいほど、赤ちゃんにばかり目が行くようになり、心の底から、子どもが欲しい、と思うようになったから、ある意味、女性としてとても苦しみました。どうしてわたし、こんな展開になったのかな?と思う機会もあまり持てないくらい、凡人ながらめまぐるしいこれまでの道でしたので、もし、わたしに子どもがいたら、安定した場所に留まりたい思いが強くて、いまのような生き方は決して出来なかったのではないか、と思っているんです。

始まり~いのちとライフスタイルに役立ちたくて

水瓶座での満月ですね。今回は、保健師になろう、のきっかけのおはなしです。「そうだ、保健師になろうかな」と、初めて思ったときのことを振り返ってみました。今日はなぜか、その時歩きながら、そう思ったイメージがはっきりと、何度も思い浮かぶんですよ~ちょっと変わり種、の動機ですが、ひとそれぞれ。こういうレターをやっていて、人と自然と健康や癒しのことをテーマにしているわたしならでは、のオンリーワンの動機です。そう、わたしの動機も、あなたの夢の動機もオンリーワン☆彡ということで、わたしのファーストステップ・ストーリーです。そう、それは29~30歳の頃だったと思います。当時、准看護学校に行っていました。もう、17~18年前の事ですね。その頃同時に、動物愛護や環境保護につながる活動も、おなじ気持ちをもつ仲間や元オットと一緒に、市民レベルで、心も気力も、なけなしのお金も注いで全力投球していた時期でした。書店でふと手に取った「この子達を救いたい」という、一冊の本から、地球生物会議(ALIVE)という、市民団体を知りました。それは当時、学習塾や鍼灸師もされていた、濱井 千恵さんが書かれた本でした。哲学を勉強していた大学を中退されて、アイヌのおばあさんと長年暮らしていたこともある、という当時の地球生物会議・代表だった故人・野上ふさ子さんは、動物保護分野では多くの方が知る方です。科学者との沈着冷静、理知的な公開ディベートでも、攻撃的な様子はほんとうに感じられない、静かな熱のある方でした。わたしは、実際の野上さんに7~8回だけお会いしたことがあるのですが、隣に座る機会があった時、草食動物のような目をした方・・・と思った印象がわすれられません。そういえばずいぶん前に、岩手の自然放牧牧場、中洞(なかほら)牧場に出向いたとき、お話しを聴かせてくださった中洞さんから、野上さんのお話が出ました。自然放牧の牛たちと牧場の様子を、見学に来られたそうです。動物実験についても、先のように沈着冷静に科学者とディベートする野上さんです。「コワイ女性が来るのかと思ったら、リュックをしょった、かわいらしい女性がきたので、びっくりした」と笑って話したお話に、とってもうれしく共感して盛り上がったのを思い出します。野上さんは、海外の情報もいち早く取り入れて公開し、また開示請求によって、たくさんの公のデータを集めて根拠を示し、動物の置かれている状況の改善に働きかけました。今現在、犬や猫のさつしょぶん、という悲しい現実が、日本でも大きく取り上げられて、多くの人達が知ることになったり、取り組みのきっかけのなったのは、これまでの野上さんの功績が大きいですよね。その野上さんから、いのちの犠牲がすくなくなる社会になるには、わたしたちのライフスタイルの見直しが大切、と学びました。「そうなんだ!水を、土を、空気を、木を・・・大切にする、環境にやさしいライフスタイルが、ひいては、巡りめぐって、わたしたちヒトにも、そして地球の生き物たちにも影響するんだ・・・」