しっぽのある・天使が帰る日





響き

いのち って響く
家の前にある、空き地のブナの木
縁側に来る、こどものすずめ

さわさわ ごうごう、歌う風
さらさら ざぶざぶ、流れる水音


遠く彼方から聞こえてくる、寂しげな犬の遠吠え
わたしの寝息

みんなみんな、共鳴している。
いろんな形と個性を持ったいのちが、大地と宇宙の音楽を奏でるよ

キミにも聴こえる?いのちのハーモニー
心を開いて耳を、澄ませば聴こえてくるよ。

そのときはじめて、どんなメンバーもみんなみんな大切だってことに気づくんだ。


あの夏、出会った光景。流れてきたにおい。
きっと、ずっと忘れない。



出会い


1999年の冬、書店に積まれていた出版間もない一冊の本に出会った。
そのタイトルは「この子達を救いたい」

それは、濱井 千恵さんという女性が、
子ども達の塾の先生や、鍼灸師の仕事のかたわら、
動物や自然への思いと、活動録を形にされた本だった。


もの心がついたころから、寂しげな目で救いを求めている動物、
つらそうな環境下にいる生きものを目にするたびに、
わたしの中の最も深い中心が、ぎゅっと押しつぶされるように痛んだ。


わたしはその頃、本当のこと、真摯なもの、純粋なものを必要としていて、
心が求めるそのようなものに出会うと、強く反応してすぐに動くという、
若いチカラと熱量が存分にあったのだ。

そして、この本が大きなわたしの転機になった。

犬抑留所


翌年の夏、さっそく私はその当時住んでいた東北地方にあった、2つの犬と猫の施設を見学した。これらの施設は、各都道府県によってその呼称に違いがあったが、ここでは「犬抑留所(いぬよくりゅうじょ)と呼ばれていた。

2つの施設のどちらも、老築化したプレハブやコンクリート造りの細長い施設で、中には犬が数頭入れる小部屋のように仕切られていた。


そしてここに来ることになった犬や猫を、最後の時へと送り込むことになる、処分機と呼ばれる金属製で箱状の機械と、その後に彼らの魂が去った体を燃やすための焼却炉などがある部屋があった。

思い


私は知りたかった。
どうして動物達がこんなことになってしまうのか。

そして、このことを多くの人が知らずに、あるいはベールをかけたまま日常とは一線を引いて、なんとなく想像は出来るけれど、あまり深く考えないように通り過ぎるといった、いのちに対する向かい合い方としては人間味に欠けた非常な現実を変えたい、と本気で思った。

こんなに何かに突き動かされたような気持ちになったのは、生まれて初めての事だった。30歳になろうとする夏の事だった。


その後も何度か、保健所の担当獣医師に連絡をして犬抑留所へと出かけて行って、行政側の話も聞き、改善策を提案してみた。はじめの頃、彼らはたぶん、こんな私を過激な団体の人間・・・というイメージを持っていたのかもしれない。

しかし、わたしの視点と感情は、いつどんな時でも生きものを愛し、苦痛を軽減してあげたい、出来ればいのちをつないであげる方法を見出したい、と願う人間の思いから発した、一市民の声だった。

子猫

8月の蒸し暑い午前中、一台のトラックが犬抑留所の敷地に入って来た。
炎天下にさらされた荷台の端のほうにゴロリと転がっているような麻袋の中から、「ミャア ミャア」と、このあまりの状態を訴えるような子猫の鳴き声がきこえる。

保健所に持ち込まれた動物を、このトラックで運んで来るのだという。
この日はいなかったが、荷台には犬を入れるための檻も固定されていた。

照りつける太陽の下で、身動きも出来なそうな犬と猫。

時には雨に打たれ、冬には雪が体に吹き付ける中、この場所に運ばれてくる心にいっぱい傷を抱えているだろう、しっぽのあるいのち達のことを想像すると、何とも言えない生き苦さを感じた。




ただただ、吠える犬。
怯えた瞳で私を見る犬。
関心を持って欲しくて、触って欲しくて愛らしい仕草を見せる犬。

どの犬も、私の人間としての良心を感じる部分に激しく訴える。

そして、何もかも知っている、と悟ったように我が身に起こる運命のすべてを受け入れようとしているような瞳をして佇む犬の姿は、生涯忘れることの出来ない衝撃だった。

私はあの犬の姿が、きっと魂の記憶から消える日はないことを知っている。

理不尽


人はあまりにも理不尽だと感じる状況に出会うと、嘆き悲しみ、絶望感に打ちのめされそうになる。

私も、抑留所から帰って来るとしばらくは、あのやさしい瞳をした雑種犬や、ひっそり檻の端っこの方にうずくまっていた猟犬は今頃もうこの世界にはいないのだろうか・・・

と、自分の目で見て、同じ瞬間に確かに生きていた存在のことを思うと、やり場のない悲しみと怒りに心が揺れ動く日が続いた。


そして身もだえる葛藤の中で、思考のどうどう巡りを繰り返し、あの愛らしい、悲しい最後を送ったしっぽのある生きもの達のために、ただただ祈り、私が役に立てることならどんなことでもしよう、という思いにたどり着く。





その日、犬と猫が収容されている施設を背にして、担当の獣医師に見学した感想や改善提案をいつものように話していた。

「あなたは、もっとこの悲惨な状況を変える必要性に迫られていますよ」という思いを散りばめながら・・・・

その時、ふと処分までの実際をいつも行っているのかどうかを尋ねた。いつも獣医師が立ち会ってその悲しい作業を行っているようには思えなかったからだ。

「処分機に入れて、最後を確認する作業を自分もしている」と話した彼の瞳を真っ直ぐにのぞき込んだ。と同時に、初めて彼の魂と向かい合ったと感じた。


その時、わたしは一瞬にしてようやく知った。
誰だって、こんなことをやりたくてやっている訳ではない、という現実を、その暗い雲に覆われた瞳で理解した。やり続けるには、その人が本来持っている、透明な感性を遮るような厚い雲が必要なのだ。

なんと悲しいことだろう。

すべてのいのちにとって悲しいことでしかないという現実がここで、いいえ、日本中で行われている2000年の始めの出来事だった。

協力


どんなことにも、それを続けるには理由がある。中には到底理解するのが難しいこと、という難問にも出会う事がある。

それでも、いったん相手を理解しよう、と思い始めたその瞬間、それまで反対方向を向いていた互いのエネルギーが同じ方向に動き出す。

この時もそうだった。相手への理解が芽生えてこそ、協力関係へと発展することが出来る。

幸せ

短い鎖につながれて、うつろな瞳をした犬、
狭い檻に閉じ込められている犬を目にするたび、私も鎖につながれて自由を奪われた生きものになった気持ちになり、ハートのあたりが苦しくなる。

走る犬は優雅ではつらつとし、瞳は歓びに満ちあふれている。そんな姿を見ると、私の方まですっかりうれしくなってしまう。うれしそうな動物の姿を見ることは、私の大きな幸せのひとつ。

つづく。

後半は絵本に続きます。