賢治先生の、大地と農と芸術とあわれみの心と

花巻農学校(現在・花巻農業高校)に移築されている、新しい景観の羅須地人協会に出かけました。

ひとりで出掛けたので、のんびり回想する時間がたくさんありました#^^#
農学校の教師として、賢治さんはここで自由にのびのびと教えていたのでした。



農民芸術という、農に大地に生きるもの、いのちを生み出す者の美しさを見出しました。

賢治先生の、すばらしい大地の芸術を奏でる詩をご紹介したいと思います。感動を共有してくださる方、いらっしゃるかな・・・(^-^)

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農民芸術概論
序論・・・われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

おれたちはみな農民である 
ずゐぶん忙がしく仕事もつらい

もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか


新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである 

われらは世界のまことの幸福を索ねよう 

求道すでに道である 


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農学校時代の写真が羅須地人協会の中にありました。お若い!素朴・・・

賢治さんは色白で、銀河をただよう白い鯉のような人だった、と賢治記念館である詩人が語った言葉をみました。 それでも、たた、ただよっていたわけではないと思うのです。 天と地に生きた先人なのです。

ただ当時、作品や行動の理解というのは、ごくごく一部の人にしかされず、変わり者、金持ちの道楽、と周囲の農民の人々から笑われていたそうです。

やわらかな外見の中に、強靭な鋼のような精神力と信念を持って、このような協会を主宰して若い農民と集い、活動していた人なのだと思います。

そして活動が先を行き過ぎていたのか、当時活動が警察沙汰になり、地元の新聞にも載ったことで、活動を休止することになったそうです。 ・・・

賢治記念館は、羅須地人協会から車で10分くらいのところにあります。行かれたことがある方も多いでしょうね。


「賢治の愛したばら」といういうのが前にあって、あまくやさしい、印象的な香りがすばらしかったです。



コスモスも、林のまえですきとおったかぜに揺られて、わらっていました(^-^)


土の中に生きるもの、空をとぶもの、水にいきるもの、大地を走るもの、そして地に生きる人々。

食べる者、食べられるもの、食べなければいきていけないといういのちの悲しみ。

すべてのいのちへのあわれみを、作品といきかたを通じて、教えてくださった愛してやまない賢治さんを近くに感じた故郷への旅でした。


今日は、ここにいらしてくださってありがとう!
このブログにまだ慣れないので、写真が、文が、位置が、とみょうなところで右往左往して時間が想定の5倍くらいかかってしまいました。・・・はは~手先はいたって不器用です *^_^*
With  love



やさしい野生時間 ~ Mother Earth レター

書いている人:菊地 幸子 LOHAS志向の保健師・看護師 / ❛花やハーブ・自然の癒しとやすらぎ❜を活かした次世代ヘルスケア・はなナース始めました。