Peaceフルな語りをつむいで~インタビューから

シングルマザー、そして娘さんの不登校・・・


そんな言葉もまだない頃から、その両方を経験してきたという、
東京・大久保で長年印刷所を経営している一人の女性に
昨年春、インタビューする機会がありました。

後期高齢の仲間入りをしたという
あらばき恊働印刷の ❝おばちゃん❞ こと、関根 美子(みいこ)さんです。


2015年冬~宣伝会議の編集・ライター養成講座に半年間週末通いました。
その卒業制作が「インタビューして原稿を作成」という内容だったのですよ。

そして一線で活躍してる講座講師の講評会も最後にあるのです。
まったく業界外にいるわたしにとっては
普段袖振り合わない方々なので、いくぶん力が入ります。


すでに業界にいる同期生が多かったので、
著名人などに当たっていく人もいたようです。
企画プレゼンを聴いていると、
普段現場にいる人との差にちょっと焦りました。

わたしは仕事の合間に進めるエネルギーもはかりながら、
「どうしよっかなあ、う~ん」と考えていましたが、
一つだけ決めていたことは、「この人のことを伝えたい」
と気持ちが動いた方のことを・・・ということでした。

そして、そういった人に必ず出会う、という妙な自信もあったのです。


さて、おばちゃんには、15、6年位前に一度だけ、
印刷を依頼しに印刷所に出かけた時に
お会いしたことがありました。
当時、大豆インクで印刷している所は、まだめずらしかったんです。


その頃わたしは「ひかりと風の便り」というフリーペーパーを、
手書きのイラストと文でつくっていました。

知り合いのエコ系のお店や、
心通じ合った人々のスペースに置かせてもらって。
自費ですよ、自費☆若い熱があったんですね。

自費もそうですが、
私も学業と仕事同時並行の時代に突入していくことになって、
これは創刊2号で卒業でした。

わたくしだけじゃなく、知人の自然派獣医さんの記事も
ピースフルで面白かったこともあって、
手紙も届いたりして、アナログだけどおもしろい時代でした。

さて、初めて出会ったおばちゃんは、
腰まである長い髪を三つ編みにした、
インディアンを現代版の知的な縄文風日本女性(どんな!)にしたような方でした。

↓仕事中、いまのおばちゃんです🐈

わたしの手書きラフ原稿をざっとみて「出来ますよ」と一言。


心の奥底をすべて見通されているような、
深みのある洞察の視線でこちらをみて、
後のこまごました印刷の打ち合わせと説明は、
若いスタッフに引き継いだのでした。

そして、今思えばずいぶんと料金が安かったのは、
若い私を「お金もないのにバカだなあ」と思いつつも、
自費で作ってでもピースフルなことを伝えたい。
という人を何百何千人も見てきたからこそ、の温情価格だったのでは?
年月を経て、後のインタビューでそんなことを思いました。

さて、そのおばちゃんに
昨春、再び今度は仕事で印刷を依頼することになったのです。
時はちょうど、「卒業制作どうする?」の時期でした。

すでに後期高齢のグループ入りしたというおばちゃんは、
場所は変わっても同じ大久保で印刷を続けていました。
この時はもうおばちゃん一人で営んでいたこともあって、
初めてじっくりお話しできました。

つい、この人は同じ共通する心を持っている、と感じる親近感から、

わたしの気軽でぶしつけな質問に、
語り部みたいに淡々と話してくれるおばちゃんの話を聴いてみると、
それがまた、その人生に引き込まれるのです。
「はーーそれで?どうなったんですか??」

そしてそれは、ある人が話せば、ある部分は深刻な話題になったり
するのでしょうが、おばちゃんが話すとコミカルで笑いに転じるので、
聴いていて、テンポがよくて引き込まれるのです。


そんな流れで迷わず「インタビューはおばちゃんにきーめた!」と、
その場でアタックして、OKいただいたのでした。

あらばき恊働印刷の「あらばき」というのは、縄文に由来する神さまなのだそう。
名前は、当時一緒に始めた方と決めたのですって。
印刷所のマークは、ユーモラスな土偶なのですよ。
どうりでどこかしら初めから親近感を感じる訳です。なーーんて。
ネイティブ・スピリットの仲間ですよ。

そして日本の動物保護活動とエコロジーのつながりを理知的に整理して、

後世に残した、地球生物会議の故・野上ふさ子さんとも、
昔からのお知り合いなのだそう。

なーんだ、どうりで心がなつかしい・・・

野上さんは、大学で哲学を勉強されていましたが、
学生運動の中、中退してその後10年近く、
北海道で出会ったアイヌのおばあさんと一緒に暮らしていたそうです。
その文化経験をもとに本も出版されました。

わたしも野上さんから直接、
今につながるきっかけを吸収した世代の一人なんです。

見えない縁はこんなふうに不思議で明確で、鮮やかに、
大切なものをつむいでいくんだ、そう思います。

さて、話はおばちゃんに戻ります。
卒業制作の好評会では、❝おばちゃん❞という人そのものに、
関心の焦点がいっているなあ、と感じていましたよ。

入賞しなかったけど「きらりと光った」という言葉を
最後に元週刊朝日編集長の山口一臣さんが言われたのですが、
それは、おばちゃんの人生の軌道のことだと思っているんです。

その後、卒業制作の原稿はわたしのPCの中で眠っていました。
昨夜、一年半ぶりでその原稿のファイルを本当になにげなく開いたのです。
「おばちゃんの軌道を、もうわたしの気ままな判断で眠らせておいてはいけないな」
そう思いました。

こうしていのちが歓び歌う、
ピースフルな世界を目指して活動する人々とともに、
時代を駆けてきた一人の女性の ストーリーを、
何かキャッチされた方に読んでもらえたらうれしいな、と思って
下にPDFへのリンクを貼りました。
「自由への武器と出会った女性」~印刷業 関根 美子の軌道~

シングルマザー、子育て、

阪神淡路震災の際、生活情報ニュースの印刷ボランティアを
即決して、トラックに印刷機を積んで出かけた話・・・などなどです。

「これからちょっと印刷の仕事をして、夕方は平和を歌う人のライブにいくの」
さっき電話したとき、そう話していたおばちゃんです。
長生きしてね、おばちゃん。そしてもう少しわたしに話を聴かせてね。


ピースにつながるいのちと環境保護の活動は、
おばちゃん達の時代には、右とか左とか、
思想なんて言われたり、今とはまったく様相が違っていたはずです。
わたしもその名残の頃を知っているので、なおさらそう思うんですよ。


「もう平和運動や何かの反対運動の時代は終わりました」
先日そんな言葉を聴いて、
「そうだよね・・・」深くハートがうなずいたことがあったんです。


それは、何かを改善して欲しい、という訴えるの時代が終わった、
平和を求める活動の終わり、というのではなく、
強固に、あなたはおかしい、とばかり批判する活動はもう終わりです。

今度は、互いの理解と協力をもとめて働きかける活動、
相互理解の橋をかけるための活動にシフトしていく段階がやってきた。
ということだと思っています。

そこに至るまで、この強固な土台をつくってくださった先人に
スピリットの真ん中から感謝しています。
天国にここから愛を贈ります。
あっ、おばちゃんはまだまだ健在です。

ハートを分かち合える方々へ。来てくださってありがとう!~


やさしい野生時間 ~ Mother Earth レター

書いている人:きくち さちこ Nurse・保健師・植物系いのちのセラピスト/ 花と自然と食農をいかして、自然体でつながって元気になる❛はなナース❜活動準備中。

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